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東京地方裁判所 平成2年(ワ)14574号 判決

原告

株式会社新宿はせ甚

右代表者代表取締役

高田元興

右訴訟代理人弁護士

近藤節男

園高明

被告

株式会社小田急百貨店

右代表者代表取締役

清水務

右訴訟代理人弁護士

向井孝次

主文

一  被告は、原告に対し、金二〇〇万円及びこれに対する平成二年一一月二九日から支払い済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五〇分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  本判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、一億〇九四一万七二〇四円及びこれに対する平成二年一一月二九日から支払い済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一当事者の関係(争いのない事実)

原告は、被告の経営にかかる店舗別館小田急ハルク(東京都新宿区西新宿一―五―一所在、以下「別館ハルク」という。)の地下二階にテナントとして出店し、昭和五八年一一月までは「ハセヂン」の屋号で肉料理店を、昭和六二年五月までは「リモージュ」の屋号でフランス料理店を経営し、その後は「メゾンドカレールー」の屋号でカレー店を経営している。

二原告の主張

1(一)(1) 原告は、昭和六一年一〇月ころ、被告から、原告が別館ハルク地下二階で経営する店舗(以下「原告店舗」という。)の改装の指示を受けてこれを承諾し、ここに、原告と被告との間で、原告が原告店舗の改装を自己の費用で行い、被告がこれを承諾する旨の合意が成立した。

(2) 原告は、直ちに株式会社松樹事務所ドメスティック(以下「松樹事務所」という。)に原告店舗の改装に関する設計業務を委託する等の手続に着手した。そして、原告は、昭和六二年一月、できあがった設計図面及びパース等を被告に提出し、被告がこれらを受領したので更に手続を進めることとした。

(3) ところが、同年三月、被告は、突然なんら正当な理由なく一方的に前記改装の指示、承諾を撤回し、原告店舗の改装を中止するよう指示した。そのため、原告は、原告店舗の改装を中止せざるをえなくなった。

(4) 被告の右行為は、前記(1)の合意に反する債務不履行行為である。

(二)(1) 仮に、右合意の成立が認められないとしても、原告は被告の対応から被告が当然原告店舗の改装を承諾するものと考えて前記(一)(2)の改装準備手続に入ったものである。したがって、そのことを知っていた被告には、原告のこの期待を侵害しないよう誠実に改装の承諾に努め、もって原告における財産上の損害の発生を防止すべき信義則上の義務があった。

(2) しかるに、被告は、右義務に違反して、正当の理由なく、突然、店舗の改装を承諾しない旨を告げてその中止を指示したのであるから、被告の右行為は信義則違反若しくは契約締結上の過失による債務不履行又は不法行為を構成し、被告は、原告が被った損害を賠償すべきである。

(三) 原告は、被告の右行為により、次の損害を被った。

① 店舗改装の設計料等(松樹事務所に対して支払うべきもの)

七二七万八〇〇〇円

2(一)(1) 被告は、原告に対し、平成元年一月ころ、別館ハルク地下二階に入店している和食店舗「大志満」跡への店舗移転を指示した。

(2) 原告は、この指示を受けて、株式会社クリエイティブサプライ(以下「クリエイティブサプライ」という。)に店舗移転に伴う売上への影響についての調査を行わせたり、新規出店に備えて求人募集等を行った。

(3) ところが、同年九月、被告は、突然なんらの正当な理由なく一方的に右移転指示を撤回した。

(二) 被告の右移転指示の撤回は不法行為を構成する。

(三) 原告は、被告の右不法行為により、次の損害を被った。

② 市場調査に伴う企画料等(クリエイティブサプライに支払ったマーケッティングリサーチ及び企画書作成代金)

一二一万〇七四〇円

③ 求人募集広告代金(「とらばーゆ」二九号(平成元年七月三一日付)に掲載した広告代金)

一二万七九二六円

3(一)(1) 原告は、被告に対し、平成二年六月初旬、原告店舗の改装承諾を申し入れ、被告は、同年六月下旬ころ、改装を承諾した。これにより、原告と被告との間には、原告が原告店舗を自己の費用で改装し、被告がこれを承諾する旨の合意が成立した。

(2) 同年七月、改装に関する打合せが行われ、被告から、工事に関する注意事項や工事の管理費を支払って欲しい旨の要望、更には施工業者は被告が指定した業者の中から選んでほしい旨の要望が出され、新規開店日は同年一一月二一日と合意された。

原告が原告店舗の改装を依頼したクリエイティブサプライは、被告担当者と打ち合わせながら設計を進め、設計に必要な天井のデザイン図面や配線図等を被告から受け取り、同年八月には完成予想模型を持って被告担当者を訪ねたりし、同年九月初旬には、基本設計のほかに実施設計までをほぼ完成させた。

(3) ところが、同年九月一二日、被告は、突然なんら正当な理由なく一方的に前記改装の承諾を撤回し、原告店舗の改装を中止するよう指示した。そのため、原告は、原告店舗の改装を中止せざるをえなくなった。

(4) 被告の右行為は、前記(1)の合意に反する債務不履行行為である。

(二)(1) 仮に、右合意の成立が認められないとしても、原告は被告の対応から被告が当然原告店舗の改装を承諾するものと考えて前記(一)(2)の改装準備手続に入ったものである。したがって、そのことを知っていた被告には、原告のこの期待を侵害しないよう誠実に改装の承諾に努め、もって原告における財産上の損害の発生を防止すべき信義則上の義務があった。

(2) しかるに、被告は、右義務に違反して、正当の理由なく、突然、店舗の改装を承諾しない旨を告げてその中止を指示したのであるから、被告の右行為は信義則違反若しくは契約締結上の過失による債務不履行又は不法行為を構成し、被告は、原告が被った損害を賠償すべきである。

(三) 原告は、被告の右行為により、次の損害を被った。

④ 店舗改装の設計料等(クリエイティブサプライに対して支払うべきもの) 八七五万五〇〇〇円

⑤ 求人募集広告代金(「Bing」二六号(平成二年七月六日付)に掲載した広告代金一七万六一三〇円及び「フロム・エー」二八号(平成二年七月一七日付)に掲載した広告代金九万六四〇八円の合計) 二七万二五三八円

4 更に、原告は、被告の右1及び3の行為により、次の損害を被った。

⑥ 陳腐化した原告店舗による売上の減少(16万円(一日の売上減少)×0.3(利益率)×30日(一ヵ月)×45ヶ月(期間))

六四八〇万〇〇〇〇円

市場調査の結果、原告店舗の改装をすれば一日平均一六万円の売上増が見込まれ、右一六万円が店舗の改装ができないことによる一日当たりの損失となる。

原告は、原告が一番最初に被告に改装図面を提出し受理された前記昭和六二年一月から最後に被告が改装工事中止命令を出した平成二年九月までの四五ヶ月間について、損失の賠償を求める。

⑦ 資金手当てによる借入金利

二六九七万三〇〇〇円

原告店舗改装工事代金が一億一〇〇〇万円かかるために、原告は、昭和六二年一二月二八日三和銀行西新橋支店から一億一一〇〇万円を借り入れた。その三年分の金利を損害の賠償として請求する。

三被告の主張

1(一)  原告の主張1の事実は否認する。被告が店舗改装の指示をしたことはない。被告は、原告の店舗改装の申出に対して、当時全体のリニューアルを控えていたことから、フランス料理店からカレー店への業態変更のみにとどめるようアドバイスをし、原告がそれに応じたにすぎない。

(二)  原告の主張2の事実は否認する。被告が「大志満」跡への移転の提示を撤回したのではなくて、原告が移転を拒否したのである。

(三)  原告の主張3の事実は否認する。被告が原告からの店舗改装承諾の申入れに対して承諾を与えたことはない。

被告は、原告から店舗を改装したいとの話があった平成二年六月当時、既にリニューアルが終盤に差しかかっており、他の店舗は被告のリニューアル計画を受け入れて店舗の移転等を行い、リニューアル後のオープンが待たれる状態にあったため、時期的に原告店舗の改装は不都合であると判断し、同年八月九日、改装を承諾しない旨を原告に伝えたのである。

2  損害について

原告主張の損害①ないし⑦は全て争う。

(一) 原告主張の損害⑥(陳腐化した店舗による売上の減少)について

デパート内の店舗改装等は、デパート内全店舗の全体的統一を図り、共通目的を達成する等の観点で要求されるものであり、個々の店舗の改装の有無は、全体の中に溶け込んでしまい当該店舗の売上の増減に対しては、そのままには影響しない。

更に、原告の計算には改装に伴う費用負担が考慮されていないので、最終の損益の状況が不明である。

原告店舗の売上は、別館ハルクの他のテナントと同様の変化をしており、店舗の施設の陳腐化とは因果関係がない。

原告店舗の平成二年六月以降の売上は、同年末の被告の新宿本店及び別館ハルクの大リニューアルの完成、平成三年四月の都庁の新宿移転、平成四年以降のいわゆるバブル経済の崩壊と景気の低迷、一般消費の減退等の事情の影響をそのまま受けている。

(二) 原告主張の損害⑦(資金手当てによる借入金利)について

松樹事務所との設計・工事監理業務委託契約書には、予算工事費として、四九三〇万円が記載されており、原告の借入金である一億一〇〇〇万円と整合しない。

また、本件改装工事代金を一億一〇〇〇万円とすると、原告の店舗面積は49.4坪であるから坪当りの工事費は二二二万七〇〇〇円となり、常識外の高額となる。

第三当裁判所の判断

一証拠(甲三の1ないし29、四の1ないし18、五の1ないし7、六、七の1ないし11、八ないし一〇、一二の1、2、一三の1、2、一四ないし一八、二〇の1、2、乙一ないし六、証人宮本守、同古家了、同横山淳、同吉田慧、原告代表者高田元興)及び弁論の全趣旨より、次の事実が認められる。

1  被告のリニューアルについて

被告は、昭和六二年が開業二五周年にあたり、かつ、都庁が新宿に移転する計画があったことから、店舗のリニューアルを計画し(以下「本件リニューアル」ともいう。)、昭和六一年九月一日、社長を委員長とする店舗リニューアル委員会を設置した。

本件リニューアルは、段階的に被告の小田急百貨店本館及び別館ハルクに及ぶ大規模なものであり、昭和六二年春にその基本計画が策定された。

そして、本件リニューアル計画に従い、昭和六二年一一月に被告本館食品売場が、翌昭和六三年一一月に被告本館一ないし六階、別館ハルク一、二階が、平成元年三月に被告本館七、八階が、同年九月に別館ハルク三ないし六階が、それぞれリニューアルオープンし、そして、最後に別館ハルク地下一、二階が平成二年九月にリニューアルオープンした。

2  被告と出店者(テナント)との関係について

(一) 被告とテナントとの関係には、業務委託契約と賃貸借契約の二種類があり、原告と被告との間では業務委託契約が締結されていたが、当事者間では実質的には賃貸借契約的なものと意識されていた。

(二) 被告とテナントとの契約の締結や更改、店舗の改装、業態の変更、メニューの変更等は、被告の兼業部が担当窓口となって行っていた。

(三) テナントが店舗の改装をする場合には、被告の承諾が必要とされており、被告の承諾なく店舗の改装をすることはできないこととされていたが、平成元年及び二年において、テナントからの店舗改装承諾の申入れに対して、後記本件申入れ以外に被告から改装を不承諾とされた事例はなかった。

3  事実経過

(一)(1) 昭和六一年九月ころ、被告からテナントに対して、店舗のリニューアルを行う旨が告げられ、右リニューアルへの協力が要請された。

(2) 原告の代表取締役である高田元興(以下「高田」という。)は、原告店舗「リモージュ」が既に相当古くなっていたこともあって、これを機に店舗の全面改装を行うことを決め、同年一〇月ころ松樹事務所を訪れ、原告店舗の全面改装と業態の変更を相談した。そして、原告は、同年一二月一五日、松樹事務所との間で設計・工事監理業務委託契約を締結し、内金二四二万六〇〇〇円を支払った。(甲一二の1、2)

(3) 昭和六二年一月、設計図面(甲三の2ないし29)ができ上がり、原告は、被告に対して、フランス料理店からカレー店への業態変更と原告店舗の全面改装を行いたい旨を伝え、松樹事務所作成の設計図面と企画書を手渡した。

(4) 同年三月、被告は、原告からの右カレー店への業態変更と店舗の全面改装の申込みに対して、当時前記のとおり全店にわたる大規模なリニューアル計画があったため、カレー店への業態変更のみにとどめるようアドバイスし、原告はこれを受け入れた。

(5) こうして、原告は、同年五月二二日、店舗を「メゾンドカレールー」という屋号に変えて、業態をフランス料理店からカレー店に変更した。しかし、店舗の改装は行わなかった。

(二)(1) 平成元年一月、被告は、本件リニューアルの一環として、原告に対し、別館ハルク地下二階の平面図(甲三の1)を手渡して、和食店舗「大志満」が八階に移転する跡の約一一五坪を二分したいずれかの区画へ移転するよう提示し、同年二月七日に、右移転を前提として、原告との間で左記内容の確認書(甲一五、乙一)を取り交わした。

① 原告は被告のリニューアル計画に協力するため、原告の店舗の営業の場所を被告の別館ハルク地下二階の売場内に設置すること、及び営業面積は現状の面積を確保することを条件に移設することに同意する。

② 原告の店舗の移設時期は、被告のリニューアル計画の進展に従い、被告の移設希望時期に合わせるものとする。但し、被告は六カ月前までに原告に対し営業の場所、面積につき明示するものとする。

③ その他移設に関する詳細については、原被告双方で協議のうえ決定する。

(2) 原告は、松樹事務所の宮本守(以下「宮本」という。)に対し、「大志満」跡の二区画のうちどちらの区画に移転すべきかの検討を依頼した。宮本は、約一カ月の検討の後、入口に近い方の区画を提案した。

(3) そこで、原告は、同年三月、入口に近い方の区画を希望する旨を被告に伝えた。

(4) 「大志満」は、同年一二月、別館ハルク地下二階から同八階へ移転した。そこで、被告は、原告に対し「大志満」跡へ移るよう求めたが、原告は、同年一〇月に閉店した「コックドール」跡への移転を希望して、「大志満」跡への移転を拒否した。そのため、被告は、やむなく、「モロゾフ」と「レナウンミラノアルフィオ」を「大志満」跡に移転させた。

(5) 平成二年一月、被告は、原告に対して、別館ハルク地下二階の「モロゾフ」跡への移転を提示したが、原告はこれをも拒否した。

(6) その後、原告と被告との間では、被告専務取締役諸橋良吉から原告に対する「原告の移転拒否でリニューアル計画を一部変更して実施せざるを得なくなった」旨の平成二年二月九日付け通知書(甲一六)、原告から被告に対する「被告の別館ハルク地下二階のリニューアル計画の提示がまちまちである」旨の同年三月三〇日付け通知書(甲一七)、被告兼業部長古家了(以下「古家」という。)から原告に対する「前記確認書についての原告の考えを求める」旨の同年四月七日付け通知書(乙四)及び「被告は原告の移転拒否でリニューアル計画を一部変更して実施する。原告の店舗に関しては天井と床、通路が関係する」旨の同年五月四日付け通知書(乙五)のやりとりがあったが、結局、原告は、従来の場所から移転しないこととした。

(7) なお、宮本は、平成二年四月に松樹事務所からクリエイティブサプライに移ったが、これより先の同年一月一八日、原告に対し、クリエイティブサプライ名義で右「大志満」跡への移転に関する市場調査の代金を請求し、その後本訴係属中の平成三年八月一三日に至り、原告から右代金一二一万〇七四〇円が支払われた。(甲二〇の1、2)

(三)(1) 平成二年五月以降、被告の本件リニューアル計画に従い、別館ハルク地下二階の飲食店が改装工事を開始し、また、売場の大規模な改装工事も始められた。

(2) 原告は、このような中で自己の店舗も全面改装をしようと考え、平成二年五月、クリエイティブサプライに対し店舗全面改装の設計を依頼し、同年六月二九日、クリエイティブサプライとの間で設計・工事監理業務委託契約を結び(甲一三の1)、同日、クリエイティブサプライに内金として一五〇万円を支払った。(甲一三の2)

(3) そして、右平成二年六月二九日ころ、高田は、電話で被告兼業部長古家に対し、原告店舗も全面改装したい旨を伝えた。これに対して、古家は、検討のうえ後日回答する旨を告げた。

古家は、従前の経緯に鑑み、上司とも相談のうえ、原告店舗の改装計画をきくこととし、同年七月六日、原告店舗を訪ね、高田から改装計画の内容について詳しい説明を受けた。高田は、古家に対し、原告店舗を厨房等を含め全面改装したいこと、同年一二月までに改装工事を終えたいこと等を説明した。

同年七月一三日、古家は、高田に対し、原告店舗の改装を承諾するか否かについてはなお社内で検討中である旨を告げた。これに対し、高田は、自ら被告の幹部のもとに出向いて改装の許可をお願いしたい旨を述べるなどした。

(4) 被告の改装承諾が得られるものと考えていた高田は、同年七月一七日ころ、原告店舗の改装について被告に打合せを求め、クリエイティブサプライで原告店舗の改装設計を担当する横山淳(以下「横山」という。)を同道して被告を訪ね、兼業部長の古家に横山を紹介するとともに、同人のはからいで施設部課長吉田慧(以下「吉田」という。)ら施設部担当者らとも面接し、横山において原告店舗の改装計画の概要を説明した。

その際、横山と吉田らとの間で、改装に当たっての一般的注意事項や技術的事項が話し合われ、被告施設部から改装設計に必要な共通通路の天井のデザイン図面(甲五の1、2)が横山に手渡された。また、右話合いの中で、被告から、工事管理費用として工事費の五パーセントを支払ってほしい旨の要望が出され、また、施工業者の選定に当たっては被告の指定する業者をも対象に入れること、改装工事は一一月二〇日までに終えること、等の要望が示された。

そして、翌日ころ、更に改装設計に必要な天井の梁の大きさを示す躯体図(甲五の3ないし7)が被告施設部から横山に手渡され、また、同年八月に入り、横山から被告施設部に対して工程表(甲六)が提出された。右工程表によれば、原告店舗の改装の基本設計は同年八月一五日までに、実施設計は同年九月一〇日までにそれぞれ終え、その後、見積と施工業者の決定を経て、同年一〇月一五日から工事に着工し、同年一一月一七日に竣工引渡しを受けて、同年一一月二〇日に改装オープンすることになっている。

横山と被告施設部担当者らとの打合せは合計三、四回行われた。

(5) 横山は、その後基本設計業務を進め、同年八月末までにこれを完成させたが、その間、完成予想模型をもって被告を訪ね(甲七の1ないし11)、古家に対して基本設計の進捗状況等を説明するなどした。

(6) しかし、被告は、原告店舗の改装について検討の結果、原告店舗の改装内容そのものには不都合はなかったものの、他の改装工事がようやく終わった後にまた原告ひとりが改装工事を始めることに不都合を感じ、同年八月九日、古家において、原告に対し、原告店舗の改装を今回は承諾しない旨を口頭で伝えた。

(7) 被告が原告店舗の改装を不承諾とした旨の連絡を原告から受けていなかった横山は、同年九月七日、再び被告を訪ねて、原告の基本設計が終了した旨を古家に伝えた。しかし、古家は、原告店舗の改装については既に被告は不承諾としている旨を告げた。

(8) そして、吉田も、古家からの依頼で、同年九月一二日、横山に対し、電話で設計を中止するよう連絡した。

(9) 原告は、被告に対し、同年九月二一日、改装工事の承諾を求める御願書(甲一八)を提出した。しかし、それに対し、被告兼業部長古家は、同年一〇月八日、書面(乙六)を郵送して、改装工事を承諾しない旨を伝えた。

以上の事実が認められる。

二判断

1  原告の主張1について

(一) 原告は、「昭和六一年一〇月ころ、被告から店舗改装の指示を受けてこれを承諾し、原告と被告との間で、原告が原告店舗の改装を行い、被告がこれを承諾する旨の合意が成立した。」と主張するが、右合意の成立を認めるに足る証拠はない。

前記認定のとおり、昭和六一年九月ころ被告から原告に対し本件リニューアルへの協力要請があったことは認められるが、右協力要請は、被告の本件リニューアル計画が具体化していない段階での抽象的なものであり、この時点で被告から原告に対し改装の指示があったものとは認められない。

(二)  次に、原告は、「仮に改装の合意が認められなくても、被告の行為は信義則違反若しくは契約締結上の過失による債務不履行又は不法行為を構成する。」と主張する。

しかし、前記のとおり、被告が原告に改装の指示をした事実は認められず、むしろ原告は自らの判断で松樹事務所に改装の設計を依頼し、他方、被告は店舗の改装をしないで業態変更のみにとどめるようアドバイスをして、結局、原告も右アドバイスを受け入れて店舗の改装はしなかったものと認められるから、そうとすると、被告に信義則違反はなく、債務不履行又は不法行為の成立も認めることはできないものというべきである。

(三) よって、原告の主張1は採用できない。

2  原告の主張2について

(一) 原告は、「被告は、原告に対し、平成元年一月ころ、「大志満」跡への移転を指示しながら、なんら正当な理由なく、同年九月、一方的に右移転指示を撤回した。」と主張する。

しかし、前記認定のとおり、被告は原告に対して平成元年一月「大志満」跡への移転を指示し、原告は一旦これを承諾したが、同年一二月に至り、「大志満」跡への移転を拒否するに至ったのであるから、被告に不法行為があったとはいえない。

(二) よって、原告の主張2も採用できない。

3  原告の主張3について

(一) 原告は、「原告は、被告に対し、平成二年六月初旬、原告店舗の改装承諾を申し入れ、被告は、同年六月下旬ころ改装を承諾した。これにより、原告と被告との間で、原告が原告店舗を改装し、被告がこれを承諾する旨の合意が成立した。」と主張するが、右合意の成立を認めるに足る証拠はない。

原告と被告とが改装を前提に交渉、打合せを行ってきた経緯は認められるものの、合意の成立までは認めることができない。

よって、原告のこの点の主張は採用できない。

(二)  次に、原告は、「仮に改装の合意が認められなくても、被告の行為は信義則違反若しくは契約締結上の過失による債務不履行又は不法行為を構成する。」と主張する。

そこで、この点について検討するに、前記認定のとおり、被告は、平成二年六月二九日ころの原告からの原告店舗改装承諾の申入れに対し、直ちにこれに不承諾を告げることなく、検討して回答する旨を告げ、同年八月九日に至り初めて不承諾を原告に伝えたものであるが、この間、被告は、①原告から店舗改装計画の内容を詳しくきき、②原告が依頼した設計者とも合計三、四回会って打合せないしは話合いを行い、③その過程で、原告に対し、改装設計に必要な図面を手渡し、④更には、改装工事を同年一一月二〇日までに終えるよう求め、工事管理費の支払いをも要求しているのである。

右事実に加えて、前記のとおり、被告においては基本的にはテナントからの店舗改装の申入れは承諾する方針であり、平成元年及び二年において原告以外の者からの改装申入れを拒絶した事例はなかったことを合わせ考えると、被告においては、前記一3(三)(4)の平成二年七月一七日ころの施設部から横山に改装設計に必要な図面を交付した行為によって、原告に対し、いずれ被告においては原告店舗の改装を承諾してくれるものとの期待を抱かせるに至ったものと認むべきである。

そうとすると、被告は、信義則上、以後、特段の理由がないかぎり原告店舗の改装を不承諾とすることはできず、原告店舗の改装を承諾すべき信義則上の義務を負うに至ったものというべきである。そして、特段の理由がないにもかかわらず不承諾とした場合には、信義則上の義務違反による不法行為責任を負うというべきである。

そこで、被告の前記不承諾に特段の理由があったか否かについて検討するに、たしかに、原告が店舗の改装を申し入れた平成二年六月二九日ころ当時、別館ハルク地下二階のリニューアルは終盤をむかえ、原告がこれに遅れてひとり改装工事を始めることは時期的には不都合であったことが認められるが、しかし、そうとすれば、被告としては速やかに不承諾を原告に告げるべきであったのであり、それにもかかわらず同年八月九日まで右不承諾の通告を延引し、その間前記のような原告に承諾の期待を抱かせるような行為をした以上、もはや被告は時期的な不都合を理由に原告店舗の改装を不承諾とすることは許されないものというべきであり、被告の不承諾には結局特段の理由はないものというべきである。

(三) 原告の主張3は、右の点において理由がある。

4  損害

そこで、原告の損害について判断する。原告の損害は、原告が被告の前記行為によっていずれ承諾が出るものと期待させられた平成二年七月一七日ころから被告が不承諾を原告に伝えた同年八月九日までの間に原告が被告の承諾があることを期待して行った行為により被った損害で、かつ、原告店舗の改装と法的因果関係のあるものに限られるというべきである。

以下、この観点から原告の主張する損害④ないし⑦について検討する。

(一)原告主張の損害④(店舗改装の設計料等)について

前記認定のとおり、原告は、平成二年六月二九日にクリエイティブサプライとの間で、店舗の改装に関し、設計・工事監理業務委託契約を結び、クリエイティブサプライは、以後基本設計業務を進めて、同年八月末までにこれを完成させた。これによれば、被告が改装不承諾を伝えた同年八月九日当時、クリエイティブサプライの基本設計業務は、その途中までであったと推知される。

ところで、契約書(甲一三の1)には、設計業務報酬額として予算工事費の5.6パーセント、工事監理業務報酬額として予算工事費の2.4パーセントとの約定があり、クリエイティブサプライは、原告に対し、同年七月二〇日、設計及び工事監理業務の報酬として八七五万五〇〇〇円(内消費税二五万五〇〇〇円)を請求している。(甲一九)

以上によれば、原告が被告に請求できる損害は、右八七五万五〇〇〇円のうちの二〇〇万円と認めるのが相当である(ちなみに、クリエイティブサプライは、平成二年六月二九日(前記設計・工事監理業務委託契約の締結日)から同年九月一七日(甲四の1ないし18中もっとも遅い甲四の3、4、13ないし18の作成日付)までの八一日間に基本設計及び実施設計を完成させている。基本設計及び実施設計業務の報酬は、クリエイティブサプライの請求額及び契約書からすると、次の計算式により、六一二万八五〇〇円となる。【875万5000円×5.6%/(5.6%+2.4%)=612万8500円】そして、これを同年七月一七日から八月九日までの二四日間で日割り計算すると、その金額は、一八一万五八五一円となる。)。

(二) 原告主張の損害⑤(求人募集広告代金)について

原告が、「Bing」二六号(平成二年七月六日付)に掲載した広告の代金として一七万六一三〇円、「フロム・エー」二八号(平成二年七月一七日付)に掲載した広告の代金として九万六四〇八円を支払った事実は認められる。(甲二二の2、3、原告代表者高田)

しかしながら、右募集広告は原告店舗の改装と法的因果関係を持つものとは認め難いから、右を被告に請求できる損害と認めることはできない。

(三) 原告主張の損害⑥(陳腐化した店舗による売上の減少)について

前示のとおり、原告が被告に請求できる損害は、原告が被告の承諾を期待して行為したことにより被った損害に限られ、被告の承諾があったことを前提として発生する損害は含まれないから、原告主張の右損害はこれを是認することができない。

(四) 原告主張の損害⑦(資金手当てによる借入金利)について

原告は、昭和六二年一二月二八日に三和銀行西新橋支店から一億二〇〇万円を借り入れていることが認められる。(甲一四)

しかし、右借入は平成二年七月一七日ころ以降になされたものではないから、被告の不承諾による損害として是認することはできない。

三結論

よって、原告の本訴請求は、主文の限度で理由があるからこれをその限度で認容することとし、その余の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官原田敏章 裁判官内田計一 裁判官林俊之)

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